サステナビリティ
Sustainability
第2回ステークホルダー・ダイアログ(2024年9月)
【概 要】
第2回目となる2024 年9月に実施したダイアログでは、外部有識者3名をお招きし、人的資本経営や多様性をテーマに意見交換をいたしました。明治大学大学院の野田教授には、人的資本経営をテーマとした基調講演を実施いただき、株式会社大和証券グループ本社(以下、大和証券グループ)の田代氏と大阪ガス株式会社(以下、大阪ガス)の中戸氏からは、それぞれの会社におけるD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に関する考えや人的資本経営に関する具体的な取り組み等についてご紹介をいただきました。
【出席者】
【外部有識者】
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- 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科
教授 - 野田 稔 氏 (ファシリテーター)
- 明治大学大学院 グローバル・ビジネス研究科
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- 株式会社大和証券グループ本社
取締役 執行役副社長
サステナビリティ担当 兼 金融経済教育担当 兼 証券アセットマネジメント担当 兼 シンクタンク担当 - 田代 桂子 氏
- 株式会社大和証券グループ本社
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- 大阪ガス株式会社
経営企画本部 企画部 ESG 推進室
室⾧ - 中戸 靖 氏
- 大阪ガス株式会社
【テスホールディングス株式会社】
- ●代表取締役社⾧ 山本 一樹
- ●専務取締役 髙崎 敏宏(テス・エンジニアリング 代表取締役社⾧兼務)
- ●取締役ESG・女性活躍推進担当兼人財戦略本部⾧ 吉田 麻友美(ESG 推進委員会 委員⾧)
- ●テス・エンジニアリング 取締役ESG 推進担当 渡 務*(ESG 推進委員会 副委員⾧)
- ●取締役監査等委員 藤井 克重*
- ●社外取締役監査等委員 大倉 博之*
- ●社外取締役監査等委員 井上 正基*
- ●社外取締役監査等委員 濱本 晃郎*
- ●ESG 推進委員会 事務局 牧野 健吾、水田 雛乃、浅田 愛梨
- ●ESG 推進委員会 D&I(ダイバーシティー&インクルージョン)WG 松本 大樹*、川島 愛那、今井 哲平
- ●オブザーバー参加 松本 善大*
- * オンライン参加
【外部オブザーバー】
- ●株式会社大和証券グループ本社 1名
- ●大和証券株式会社 1名
【外部有識者の方との意見交換】
社員のモチベーション向上について
テスホールディングス(以下、THD)事務局: TESS グループは現在、働きやすさ・働き甲斐の高い企業を目指しているが、働きやすさ向上を進めていくと「もっと働きたい」「もっと稼ぎたい」というタイプのモチベーションが下がるのではないかと懸念しています。多様な働き方やパフォーマンスの異なる社員が混在する状況で、それぞれの社員が働き甲斐をもち、企業価値を向上していくためには、どのような制度や教育が有効でしょうか?
大和証券グループ 田代氏: 一番は、自分の会社と自分の働きが社会に貢献していることを強いメッセージとして会社が常に社員に対して発信することです。自分の働きが会社の企業価値向上や社会貢献に繋がっていることを、社員自身が実感できるということが大切だと考えています。
大阪ガス 中戸氏: 弊社の人事制度では、環境変化を受け止め、これまで以上にやりがいを生み出していただくために、30~60 歳を対象として、求められる役割別のキャリア面談や研修を実施しています。
また、高い目標への挑戦を後押しする目標管理や、業績貢献をタイムリーに評価する仕組みを導入する予定です。社員の挑戦と成⾧の後押しを行い、社員のモチベーションを高めていくことに取り組んでいます。
明治大学大学院 野田氏: アカデミックな話をするとモチベーションの動機付けには、外発的動機付けと内発的動機付けの二つがあります。外発的動機付けとしては、まず経済的報酬があります。お金は強い動機付け要素です。しかし、お金のためだけに働くのはあまり健全ではありません。お金が欲しいからしなくても良い残業を行い、残業代を稼ぐといった行為にも繋がってしまいます。外発的動機付けに過度に頼ることをせず、内発的動機付けを重視することが必要です。内発的動機付けの例としては、社会貢献実感等があります。
他には仕事そのもののおもしろさ、成⾧実感・成⾧予感等も強い動機付けとなります。内発的動機付けをどのように行っていくかが大切だと考えます。
男性社員の育児休暇について
THD 事務局: 男性も育児休暇をとりやすいような環境を整えたいという思いから、先日発表した中期経営計画でも男性育児休暇取得率の目標を追加しました。ただ、育児休暇を取得したいという男性社員がいる一方で、チームの状況等を鑑みて短期間の育児休暇しか取得できないという状況があります。より男性に育児休暇をとっていただきやすい環境にするには、どのような方法があるでしょうか?
大和証券グループ 田代氏: 弊社は男性の育児参画を推進していて、男性の育児休暇取得率は現在ほぼ100%となっています。また、2022 年には育児休暇取得日数について、連続2週間以上の取得を必須としました。これにより、平均取得日数は約18.4 日まで増えています。
また、育児休暇は最も予測可能な休暇であると考えています。7~8か月前より予測可能であるため、計画的に且つ必須で取得できるような仕組みづくりが大切です。
明治大学大学院 野田氏: 取得を当たり前化してしまうということですね。
大和証券 オブザーバー: 経営陣が育児休暇取得に関する方針をしっかりと打ち出しているので、現場⾧の理解も年々進んでいます。実際に男性で育児休暇を取得した立場から申し上げると、取得によってワークライフバランスをとった方が、復帰後もしっかりと働くことができると思います。現場に浸透している制度の一つだと思います。
明治大学大学院 野田氏: ある研究では、第一子が生まれる際の男性の関与度合いが低かった場合、その後の夫婦の関係が著しく悪化するという結果が出ています。円満な家庭を維持するためにも男性の育児への関与は大切ですね。
大阪ガス 中戸氏: 弊社でも育児参画に向けた支援施策に取り組んでおり、休暇取得に関する方針についても、2年前より経営層から発信しています。また、取得経験者の座談会を社内共有すること等により、現在はほとんどの方が取得しています。
大和証券グループ 田代氏: 最終目的は男性女性共に育児をすること。これを進めていくことで、例えば夫婦共に弊社に勤務している社員については、双方の残業が同じくらい減るような状態を目指しています。しかし、今のところ残念ながら、育児休暇取得後は女性側の残業は少なくなるものの、男性側の残業は取得前の状態に戻ってしまっています。
THD 山本: 先日発表した中期経営計画で男性育児休暇取得率100%を目標に掲げる際、本当に達成できるのかを懸念する声がありました。
明治大学大学院 野田氏: 先程のお話のとおり、育児休暇の取得を当たり前に、「文化」にしていくことが大切だと考えます。例えば北欧の諸国等では、男性が育児に参加するのはごく当たり前であるとされています。国の文化として根付いていると言えるでしょう。
人的投資の考え方について
大阪ガス 中戸氏: 野田先生のプレゼン資料の中に「人は企業の資本ではない」という内容がありましたが、企業が人材の育成に取り組む中で、この考え方を理解して取り組むことが重要だと認識しました。
また、外部等からは企業として人的資本を定量化し、どのように利益へ繋がっているかを示して欲しいと要望されることもあり、こちらもなかなか難しいのが実情です。このような点の整理についてご意見いただければと思います。
明治大学大学院 野田氏: 会社が人の生産性を上げたいという思いから、人的資本を投入してそのリターンを定量的に見たいという意見はよく理解できます。しかし、実際には計量するのは甚だ困難です。人材育成の効果を測定する方法であるカークパトリックの4段階評価法(※)で言うところの、3段階目までの社員の行動変容までは測定が可能ですが、4 段階目のROE 等の指標として測定することは、ほぼ不可能に近いと考えます。会社の業績は外部環境によって大きく左右されるため、人材育成の効果だけを取り出すことが困難だからです。現実的には3段階目の社員の行動変容に対して効果測定を行うのが良いのではないでしょうか。会社が行った人的投資に対して、社員自身がどう成⾧して、それにより正しい行動ができるようになり、業績に貢献できているかを言語化できるようになれば、この人的投資は十分にリターンがあったという考え方で良いのではないでしょうか。
(※)カークパトリックの4段階評価法
人材育成の効果を「1段階目:反応」、「2段階目:学習」、「3段階目:行動」、「4段階目:(業績向上等の)結果」の4 段階で表すことによって、教育や研修の対象者の満足度や理解度、研修後の行動の変化や業績の向上度合いを総合的に評価する手法のこと。
大阪ガス 中戸氏: 具体的には、どのように人的投資に対するリターンを把握していくのが良いでしょうか?
明治大学大学院 野田氏: 先程のとおり行動変容は測定できるため、人的投資後に社員の行動がどのように変化したのかを確認するのが良いと思います。一方、社員の意識がどのように変化したのかは目に見えないため、こちらはヒアリングで測定するしかないと考えます。
社員のリスキリングについて
大和証券グループ 田代氏: AI やDX によって仕事が無くなっていく職種もある中で、会社都合のリスキリング(※)に対し、社員が受け入れなかった場合、どのような対応策が考えられるでしょうか?
(※)リスキリング
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること。
明治大学大学院 野田氏: 北欧等ではリスキリングは今や当たり前となっています。社員が自身のスキルが通用しなくなっていくことを自覚した時点で、必要なスキルを学びなおさないといけないという意識を持つことはやはり必要だと思います。また、会社も社員に対して「この仕事が無くなってしまうかもしれないから、新たな能力を身につけよう、次のキャリアを考えよう」等、リスキリングの必要性を発信し、その手助けを行っていくことが会社と社員のwin-win の関係性に繋がると考えています。
大和証券グループ 田代氏: 一方で、そのような意識をあまり持てない人でも雇わなければならない状況もあると思います。
明治大学大学院 野田氏: 雇い続けることを考えると、会社の中でリスキリングさせていくしかないと思います。ただ、社員が「自分にはこの会社ではもうやることがない」と感じた時に、辞めていける環境をつくることも重要だと思っています。決してそのようなことが不幸なのではなく、次の人生を幸せにしていくための行動と考えられるような社会にしていく必要があるのではないかと思います。
THD 髙崎: 一般的に、社員からは会社を辞めやすいですが、会社から辞めさせることは難しいと思います。「頑張って今の仕事をずっと続けるんだ」という思いがどこかにあり、まだまだリスキリングに意識が向けられていないのではと感じます。
大和証券グループ 田代氏: その思いの背景には、次の職が見つからないのではないか、ということがあると思っています。次の職が見つかる可能性が分かれば、恐らくリスキリングをして次の場所に行こうという考えにもなると思うのですが、それが見つからないので結局留まってしまうのではないでしょうか。
THD 髙崎: 自分の価値や強みを理解して、それを活かせる場所、そうではない場所という見方ができれば良いのではないかと思いますが、なかなか難しいことだと思います。
明治大学大学院 野田氏: そもそも、今の若い世代は「ずっとこの会社で働いていこう」と考える人は既に少ないと思います。だからこそ、学ぶことで自分の価値を上げておく必要があると思っています。この意識を一人ひとりが持つことは、会社や社会にとってもwin-win なことだと思います。
THD 髙崎: 採用活動をしていても、自分の軸として「どれだけ自分が成⾧できるか」を考えている学生が多いと感じます。採用側としては終身雇用の考え方で、できるだけ⾧くこの会社に居てほしいという目で見ていますが、今の若い世代は会社から出ていくことにあまり抵抗がなくなってきているということですね。
明治大学大学院 野田氏: そうですね。ただ、考え方として一つ欠けているの思うのは、リスキリングをちゃんとするという「学び」の部分です。今の日本には、何度でも大学や大学院に戻って学びなおすということがあまりありません。私は、学びなおし無くしてキャリアップは無いと考えているため、その意識は変えていく必要があると思っています。
昔と今の仕事に対する意識や価値観の違いについて
THD 髙崎: 野田先生の資料の中の「組織市民として大人な行動(相互支援・誠実・スポーツマンシップ・思いやりと責任・オーナーシップ)」という部分について、昔の日本はこれに当てはまっていて、自分に置き換えて考えてみても理解ができるものなのですが、今の企業や日本にはなかなか無いというお話を先ほどの基調講演で伺い、やはりこれらのことは過去のことになってしまっているのでしょうか。
明治大学大学院 野田氏: 調査の結果、特に「相互支援」のところが減っていると思います。他のメンバーも助けたいと思う一方で、自分の目標達成に汲々としていて余裕がないようです。また、「誠実」の部分で言うと「おもしろい仕事がもらえない症候群」があると思います。自分の仕事は自分でおもしろくするという発想があまりなく、仕事は与えられたことを行うという認識の人が多いと感じます。「組織市民として大人な行動」の中には、やりたいけれどできないものがあるというのが現状だと認識しています。中でも、特に仕事の位置付けが大事だと思います。仕事は与えられたことを行うことだという強い思い込みがあり、枠を超えた行いがいけないと考える人が多いようです。組織論でいう「訓練された無能」(決められた仕事以外のことができなくなる状態)と言われる官僚制(※)の弊害が起きています。これは一方的に本人が悪いわけではなく、このような考えを持たせてしまった会社にも責任があるのではないかと思います。
(※)官僚制
規模の大きい組織や集団における管理・支配のシステムで、合理的・合法的権威を基礎におき、安定性を確立した組織のこと。
THD 吉田: 自分が若い時は仕事に没頭し、とにかく仕事が楽しく感じていましたが、そのような状態を今の若い世代に与えられていない現状もあります。これは昔と今の価値観の違いなのでしょうか?また、どのような対応策があるのでしょうか?
大和証券グループ 田代氏: 吉田さんの質問に加えて質問があります。今、日本の競争力が問われていて、日本の競争力が右肩下がりになる一方、他の国では若い世代においても仕事に没頭して価値が創造できていると思います。日本と他の国の違いはどこにあるのでしょうか?
明治大学大学院 野田氏: 北欧の暮らしを例に挙げたいと思います。北欧というとヒュッゲ(※)という言葉があるように、ほっこりまったり暮らしているような印象があると思いますが、これは一面しか捉えられていないです。例えば、16 時に家に帰って夕食を取った後でも仕事が残っていれば、そこから残業しています。フィンランドにも継続して頑張るという意味合いを持つ「SISU」という言葉があります。日本語に直訳するのは難しいのですが、「継続的な頑張り。根っこにあるど根性」のようなものです。要するに、メリハリが重要なのです。どこであっても、残業が一切禁止ということはあり得ません。だらだら残業するということがいけないのであり、ここ一番という時にゾーンに入る(没頭)ことは、むしろ人間的なのだと思います。日本でも、ベンチャー企業を起業しているような若者の中には、仕事に没頭して、その中から喜びを見出している人達が少なくありません。ただ、昔と少し違うところは、同じようなハードワークでも、泣きながら頑張るではなく、楽しみながらこなしているということです。
そもそも、毎日定時に帰らないといけないということは誰も言っていないし、どこの世界でも誰もしていないと思います。もし、それをしないといけないと勘違いしてしまっているのであれば、日本の競争力は必ず落ちると思います。私達がやめないといけないのは、だらだら残業することです。
(※)ヒュッゲ
デンマーク語で、「心地よい空間」「楽しい時間」「幸福な暮らし」等を意味する言葉。
THD 髙崎: 今、社内では残業時間はこのラインを越えてはいけないと、いわば「タイマー」のような管理になっている側面もあると考えています。
明治大学大学院 野田氏: 一日少しずつ残業をしているからだと思います。毎日ずるずるダラダラ1時間とか1時間半ずつ残業をしていると、気づくとかなりの累積残業時間になっています。これでは、いざという時に集中的に働くことができません。ここが北欧を見習うべき点だと私は思っています。繰り返しになりますが、北欧も残業していないわけではありません。ただ、毎日はやっていないということです。
ある会社で残業の要因分析をした際、上司の部下に対する業務の安易な丸投げによる手戻りが一番の要因であることが分かりました。その改善策として、仕事を進めるときは最初に上司と部下で綿密に計画を立て、段取りに多くの時間を充てるようすることで、結果的にトータルで見ると業務時間が大幅に減少しました。顧客に対しても同様の取り組みを実施することで、今までのような手戻りが減り、時間とコストを削減できたほか、顧客の満足度も上がったことで、結果的に会社の利益向上に繋がったという事例もあります。
THD 髙崎: 残業の要因分析をすると、今の事例に挙げていただいた同業他社も同じ気付きに至りそうですが、改善策を実施できる会社とできない会社に違いがあるのですね。
大和証券グループ 田代氏: 弊社は2007 年から社⾧主導で「19 時前退社」を進めてきました。当時は、男性は多く残業することで評価される一方、育児等で早く帰る女性の評価はいつまで経っても変わることはありませんでした。そのため、働き方改革としてではなく、女性活躍推進のイコール・フッティングの目的で、全員一律で早く帰るという取り組みを進めることになりました。
THD 吉田: その取り組みをやって良かったと思いますか?
大和証券グループ 田代氏: 個人的にはやって良かったと思います。もちろんお客さま都合で業務を行うことはあります。ただ、大前提としてはこの取り組みがあり、特に全国の支店では入退出管理はかなり厳格に実施をしています。
この取り組みがあったことで、会社全体に「早い時間に退社してもよいのだ」という意識が根付いたと思います。
大和証券 オブザーバー: 証券会社としては、すごくポジティブな取り組みだったと思います。特に個人営業部門については、個人のお客さまに19 時以降に電話・訪問するのは迷惑ですし、19 時以降に残業するとしても翌日の予定の整理や報告をだらだらとするだけになると思います。「19 時前退社」があることで、与えられた19 時までの時間でしっかりと仕事をこなすことができていると思います。
大阪ガス 中戸氏: 弊社でも残業時間を減らすための取り組みは進めていて、時間外労働実績の見える化や、効率的な働き方の推進等を行っています。土日にメールが来るようなことはほぼ無くなりました。
明治大学大学院 野田氏: 残業時間の削減は、やろうと思えばできることだと思います。両社の取り組みから分かるように社員の働き方が変わったからといって、株価が下がったわけでもないと思います。
また、出勤しているにも関わらず、心身の健康上の問題が原因で生産性が落ちてしまっている状態のことを指すプレゼンティズムという言葉もあります。北欧では、社員に不要なストレスをかけないということが経営者の最大の目標だとされています。不要なストレスをかけないということがウェルビーイングとなり、重要なポイントであると考えています。